侑希乃さんは航空会社勤務を経て、野菜にフォーカスしたお店を持ちたいという想いのもとカフェやオーベルジュ、八百屋などで働き、フランスのオーガニック農場にも学びに行きました。土に近い、畑に近い自分のお店を思い描いてきました。
一方、ずっとアパレルの分野でキャリアを歩んできた康範さんは、メーカーの経営陣の立場として規模の大きい出店計画や店舗開発も手掛け、「売れるか売れないか」のリスクや重責と常に向き合っていました。なので最初は自分たちでお店を出すということに怖さも持っていたそうです。
当初は康範さんは会社役員を続け、侑希乃さんがお店を開く、という方向性でお店と住まいの場所を探すべく東京都内から神奈川県秦野市に転居しましたが、ほどなく康範さんが会社からの独立を決意します。
自分たちができることや培ってきたこと、これまでの歩みや縁を時間をかけて考えていくうちに、二人でお店をしようという気持ちに自然と向くようになっていったんです。(康範さん)
これを機に、お店を開く場所や暮らす場所の可能性をもっと広く考え始めた田口さん一家。侑希乃さんは大分出身、康範さんは京都出身と、もともと繋がりが多い西日本を第一の候補として検討していましたが、康範さんが繊維の街・桐生の技術や手仕事を取り入れたファッションブランド「qiri」の立ち上げに携わり、桐生市を訪れたことが移住のきっかけになります。決め手となったのは立地や環境といった条件よりは、桐生の魅力的な人々との出会いが大きかったそうです。
まちづくりや繋がりづくりを大切にする不動産屋さんの「株式会社アンカー」副社長の川口雅子さんに出会ったことで縁が広がり、何かと共通点が多く移住の先輩であるファッションオープンアトリエ×ボードゲームカフェ「ふふふ」のご夫妻や、初めて会った時から応援してくれ頻繁に連絡をくれたセレクトショップ「HEIRLOOM」のご夫妻たちと親交を深めました。先に桐生で個人店を開き頑張っている、同世代の人たちが多いことが心強かったそうです。
繊維をはじめとしたものづくりの街でもある桐生には、康範さんにとって前職時代から知る取引先も多く、新しく何かを始めたり作ったりしたい時に、一歩動きやすい土壌があるなと感じる街でした。また、群馬の野菜を都内へ直送する八百屋「草木堂野菜店」で働いた侑希乃さんにとっても農家さんとの繋がりがある土地。二人がそれぞれ培ってきたキャリアやご縁が結びついたのが群馬県桐生市だったのでした。
そして始まった桐生での場所探し。古民家にこだわっていたわけではないけれど、建物のもつ雰囲気と自分たちのインスピレーションを大事にして探しました。移住前にたびたび桐生に通って物件を巡りましたが直感的には「何か違う」となかなか見つからず苦戦。
もうとにかく桐生に引っ越してしまって、それからお店の物件を探そうか…と飛び込もうとしたタイミングで、UNIT KIRYUさんから今の場所を紹介してもらったんです。(康範さん)
株式会社アンカーも参画するまちづくり会社「UNIT KIRYU」から案内されたのが、現在の店舗となる小さな築100年の古民家。康範さんが一番最初に見にきた時は、正面にはまだ木塀が残り、内部は畳が撤去され梁などの構造物が残っている、ほぼがらんどうの状態でした。地面があらわの文字通りの土間もありました。それでも「何だかいい」と場所の持つ空気に惹かれたと言います。後日、侑希乃さんもこの場所を訪れて、建物の佇まいや奥の庭までの連続性のよさはもちろんのこと、大通りから傍に入ったひっそりとした場所の雰囲気にも魅力を感じたそうです。
UNIT KIRYUでは、もともとこの古民家を再び住居に直して貸し出そうと計画していたそうですが、田口さん夫妻との出会いにより方針転換。さくげつの入居が決まり、「ねぎしけんちくスタジオ」のデザインのもとで店舗へのリノベーション工事が進められることになりました。さくげつの場合は、UNIT KIRYUが費用のかかるインフラ設備部分を貸主として先に工事を実施しました。
これが本当にありがたかったです。しかも、テナント物件にありがちなデザイン性無視の設備工事ではなく、僕たちのお店作りにうまくバトンを繋げられるように設えてくれた。自分たちの予算は店舗を作り込む部分に専念できたので、そうやって寄り添ってくれる大家さんに巡り会えたのも幸運だったと思います。(康範さん)
デザインについては要望を伝えた上で、予算の範囲内ということを主眼に根岸さんにお任せする形。店舗内の什器は教えてもらい手伝ってもらいながらDIYで作った部分もあるそうです。
というか、99%根岸さんが作り上げてくれたようなものなんです…(笑)。慣れない僕たちとDIYも一緒にやってもらえて、ありがたいことです。(康範さん)
店内は、正面に主役のお野菜がドンとあってお客さんをお迎えする形がいいなと思いました。壁一面にずらりと並ぶ商品棚も憧れだったんです。(侑希乃さん)
大きなガラス戸から、光も空気も気持ちよく通る店舗に入ると、色とりどりのみずみずしい野菜たちが目を楽しませてくれます。その左側の壁面には、田口さんが直接作り手に会っておいしさを知った、思い入れの深い調味料や食材たち。毎日の食卓を豊かにしてくれる逸品が、ギャラリーのように整然と大切に陳列されています。
店舗右側にはもう一つの主役である服たちが並び、選りすぐりのアイテムたちが放つときめきと魅力が、大きな四角の窓から外にも存分に伝わってきます。
リノベーションで広くなった表側の土間から一段上がると、フィッティングルームとレジカウンター、奥には小鹿田焼のうつわたちが置かれています。カウンターの内からさりげなく店内の様子を見渡せたり、テーブル越しの程よい距離でお客さんとおしゃべりできるところが気に入っているそうです。
天井はもともとの建物の小屋組みをあらわし、深みのある既存の梁や柱と、新たに作られた明るい色の木材の部分がコントラストになっています。建物が刻んだこれまでの年月と、田口さん一家と歩むこれからとが共存する素敵な空間です。
リノベーションの過程で印象的だったエピソードを伺いました。
手付かずで荒れ放題だった奥の庭を整備した時のことは思い出深いです。建物に囲まれた庭で重機も入れないところを、本当に多くの人が手伝ってくださって、大きな木の根っことかも人力で抜いたんです!UNIT KIRYUさんから『作業を手伝ってくれる人が来るよ』とは聞いていたんですが、まさか20人もの人が集まって力を貸してくれるなんて、本当にすごいなって驚きました。うちの子どもたちも、参加者のお子さんたちと一緒に庭作業を楽しんで仲良くなれて、いい関係性やコミュニティが作れて嬉しかったです。(侑希乃さん)
UNIT KIRYUは、古民家活用に興味がある人を対象に、さくげつでの庭作業やウッドデッキ作りをワークショップとして実施しました。
裏テーマとして、ワークショップを通して多くの人に関わってもらうことで、参加したみなさんがこの場所に思い入れを持ってくれてサポーター的存在になるといいなと思いました。私も、板を張って完成に一役かったウッドデッキは自分の場所のように思い入れがあります(笑)。そういう人たちからお店のことが話題に上って広まっていってくれるのが一番いいんですよね。(UNIT KIRYU 川村徳左さん)
店舗づくりがいよいよ動き出し、急いで桐生へ移った田口さん一家。住まいのほうは対照的に新築マンションからのスタートですが、さくげつ開店から1ヶ月でまたまた古民家との思いもよらないご縁が舞い込みます。記事後編は、田口さんご一家の住まいのことや、古民家の建物で過ごす愛おしいひとときなどについてお話を伺います。
関連する活用事例 Related Articles
Contact お問い合わせ
古民家を所有している方
空き古民家、どうしよう。古民家の処分(売却、賃貸借)てどうすればいいの?
古民家を活用したい方
古民家を活用してみたいけど、購入?賃貸?どちらがいい?
民間事業者の方
行政、まちづくり会社、不動産会社、設計事務所、工務店、移住コーディネーター等。
コミンカコナイカ事業にチームメンバーとして参画しませんか?